2006年11月02日 [21:00] 心の扉 

どうして表に出なければいけないのか?

よく思いつめていたり深く悩んでいる方に
「家の中ばかりいないで表に出なさい」
こんな言葉を投げかける人は多いかと思います
そしてその言葉を受け取った方々は
殆どの場合
「外に出ることが私の心の解決には結びつかない」
そんな感情を抱き
投げかけられた言葉をそのまま手放してしまうでしょう

なんとももったいない話・・・
もしそれが即効性が無かったとしても
病んだ心を治療していく為に必要なことだとしたら
一度手に入れかけた治療法を手放してしまっているわけです
発熱を起こし解熱の薬を薬局で受け取ったにもかかわらず
帰りにゴミ箱に捨ててしまっているのと同じではないでしょうか?
何故?それが見た目が効きそうにない薬だったから?
それとも顆粒を期待していたのに錠剤だったから?

ではこの表に出る行為
何故病んだ心の為によく投げかけられるのでしょう?
今日はそんな事を私の体感により検証してみました

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馬入土手

先日撮影した写真です
携帯画像ですので画質が悪くごめんなさい
この画像は自宅から車で5分程の近所の川沿いの土手です
私は都内から電車で1時間弱の地域に住んでいます
大手企業の工場が立ち並び
競輪場に飲み屋街
自然色ばかりでないのが日常です
ところがそんな普段の生活からちょっと足を伸ばすと
画像のような景色に到着します
青い空のオンパレード
耳に届いてくるのは風のなびきと草の重なり合う音色だけ
まるでこの地にいるのが自分だけかのような気分にさせてくれました

話は変わりますが皆さんは「ああ、私ってちっぽけだなぁ」っと思ったことはありますか?
この「ちっぽけ」は決して人間の器が小さいとか背が低いことではりません201
もっと存在自体というか自分そのもののような
そんな印象でとらえたことです
私にとって初めてそう感じた瞬間は
マウイ島に旅した時です
その時私はこの鑑定業であるお仕事のこと
そしてプライベートにまつわる多くの悩みを抱え
なんとも滅入っていました
友人の付き合いで渋々旅したマウイでしたが
想像以上に目の前に広がる雄大な景色を前にこう思ったのです
「あ〜〜〜〜ぁ、私ってちっぽけ
こんなちっぽけな私の悩みなんて微生物のようなサイズだわ!」
だって私が悩もうが悩むまいがこうして自然は
キラキラと光り生きている
この自然に比べたら今の私が
「どうしよう・・・もがいてばかり・・・解決なんて出来ない・・・」
そんな風に思い込んでいること自体がバカバカしく思えてきちゃいました
だって微生物サイズなんですものね
そして森を抜けて舗装された道路に出ると
二重の虹のふもとが目の前に現れはじめ
高々と天高く上っている
見渡せども緑の山々深く眠る海の青の光り
自然はいつまでもこうして凛として存在しているのだなぁ
素直にそう思えました

また話を土手に戻します
最近妙に日が暮れるのが早いので
毎夕方行っていた犬の散歩を午前に切り替えました
午前は見事に人が少なく静かではありました
気分良く足を伸ばしていつものコースを外れて先へ進むと
この景色とぶつかったわけです
夕方ならここで別のお散歩組とすれ違うとこでしょうが
午前にのんびり犬を散歩させてるのは私くらいなようで視界に人はいない
風のなびきと草の重なり合う音色を耳にしながら
フっとマウイの感触が舞い戻ってきました
「あ〜こうして自然は凛として存在しているのね・・・」
私がエアロバイクを必死にこいでもプリンとしたお尻再生が遠い夢であったり
アールデコ調の家具で揃えたくても効果で手が出なかったり
持病の十二指腸痙攣と日々戦い苦しんでいても
そんな下世話な悩みを抱えていても
それでも自然は既存している
そしてそれは身近で確実に日々行われている
ならば私はどうして悩みを持ち続け落ち込むことしか出来ないのか?
しかも微生物サイズの悩みで!
○が駄目だったとしても△なら出来るかもしれない
だって自然はこんなに凛として存在しているのだもの
私も背筋伸ばして凛として挑まなくちゃ!
こんなことを痛感させてもらえちゃいました

今を悩むとその世界の空気しか吸えないでしょう
ましてやお部屋の中にこもりっきりでは空気はよどみ「弱い気」が溜まる
そしてあなた視界はどんどん狭くなり本来のあなた自身の賢さまで失ってしまう
もう駄目!どうにもならない
私なんて幸せになちゃいけないんだ・・・
そんな風に自らを否定せざるえない心境
それがどんなに危険なことか・・・
あなたの悩みはちっぽけだから悩むに値しない
そう言いたいのでは決してありません
確かに今のあなたの悩みが表に出たからといって
即可決には結びつくことはないでしょう
でも少なくともお部屋の中でうずくまり同じ迷路をグルグル歩いているよりも
表に出て自然の景色に触れてみれば
少なくとも自らを否定することの意味はなくしていくでしょう
誰に見られなくても手を施してもらえなくても自然は存在します
そしてあなたも誰の目に留まらなかったとしても存在はするのです
こんなに雄大な自然ですら長い年月掛けて今の姿を保っているのだから
あなたも日々の悩みに負けずに凛としなければ!
悩むことばかりですくすく育っていくあなたを放棄してはいけない

もしかしたら美しい草原の一部の草は
10年前は取るに足らない小さな雑草だったのかも
褒めてもらえなくても生き続けた
だからこそ今の形があり人を感動させるのかも
そして人間に囁いてくれます
「あなたの悩みは人生のほんの一部・・・10年後には誰かを感動させているかもよ」











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